わたしはタンポポ

わたしはタンポポ。

今年も綿毛でタネを飛ばす時期が来た。

去年はたくさんのタネが旅立った。遠い世界で自分の子孫を繁栄させていることだろう。

しかし今年は違った。

 

今年は例年より風が弱かった。

このままではタネを遠くへ飛ばせられない。

そんな焦りの中、ただでさえ弱い風が止まった。

 

風は止まった。それも何日も。

タネは飛ばずに残り続けている。


痺れを切らしたタンポポはタネにこう尋ねた。

「お前たちは世界をはるばると旅しないのか?」


しかしタネはこう答えた。

 

「お母さん、僕たちは本当はお母さんのそばを離れたくないんだ。」

そしてタネはこう続けた。

「今までの飛んで行ったタネも、本当はお母さんと離れたくなかったんだよ。」

 

タネの話を聞いたタンポポは困惑した。


そんな中で、タネは言った。

「この地この場所で繁栄しよう。タンポポ畑も悪くないよ。」

 

タネの言葉を聞いたタンポポは心に決めた。

そしてできる限りの力を使って周囲にタネを飛ばした。


さて、風が吹かない時期はずっと続いていた。

しかしタンポポは憂うことなく、ただひたすらに周囲をタンポポで埋め尽くした。

タネから育った新しいタンポポも周囲へタンポポを増やした。

 

そして数年後、タンポポが広がる花畑が出来た。

そのたくさんの黄色い花は、それを見る人間たちに深い印象を与えた。


「身近な花も、こう沢山集まると風情があるね。」

そんなことを言う人も居た。


そんな中、昔は必死に遠くへタネを送り出していたタンポポは、あることに気が付いた。

遠くへ飛ばしたタネの成長ぶりが分からないことを。

それもそのはず、タンポポ自体は動けないのだから。


「それなら私の子たちが間近に見れる今のままでいいわ。どんどんここで栄えなさい。」

 

そして数年の月日が経つ中、風はずっと止んでいた。


でもあのタンポポはきっとそれでいいと思っているのだろう。

大事な家族に囲まれているのだから。

2023年08月14日